遊郭とともに育まれた飛田新地の歴史

飛田新地と言う場所があります。

ここは、遊郭と呼ばれる昔の建物が数多く残る場所として多くの人たちに知られています。

この飛田新地と遊郭の歴史について紹介します。

飛田新地とは

大阪の西成にある飛田新地は、日本最大級の遊郭がある場所として知られています。

百番

難波新地乙部遊郭が1910年に全焼したのを受けて、1916年に生まれたのが飛田新地です。

通天閣を中心にして新世界という場所が完成したのが1912年ですが、この場所は第一次大戦後の好景気によって賑わうことになるのですが、程近い位置にある飛田新地も昭和初期になると200軒を超えるお店が建ち並んでいたといわれています。

戦災によってお店はほとんど消失してしまいましたが、後に赤線として蘇ったこともあり、現在も当時の色をそのまま残した場所となっています。

この地域は、とても貴重な建物が残されているとのことですし、鯛よし百番という料亭は国の文化財にも指定されるほどの歴史があるものなのです。

このように、遊郭として多くの人に知られている飛田新地ですが、とても歴史の深い場所として知られているのです。

料亭の集まり

飛田新地というのは、簡単に言うと料亭の集まりという感じと思っておくといいでしょう。

そして、そこで接客してくれるのは仲居さんであって、お客さんとの自由恋愛を楽しむことが出来るというものです。

この自由恋愛というのは、相当なサービスということで、部屋の2階で行われるということです。

お酒や食べ物を楽しむこともできるということですが、何分15分刻みでかなりの額がかかるということですから注意しなければなりません。

ちなみに、ここで接客をしてくれる仲居さんについてですが、とにかくきれいな人が多いです。

正に自由恋愛を楽しみたいという方にとってみれば最高の場所だと言えるでしょう。

飛田新地の楽しみ方

女の子との自由恋愛が楽しめるということなのですが、大きなポイントとしては、気に入った!と思ったならばその場ですぐにでもお店に立ち寄ることです。

というのも、店先に居る女の子は数分で入れ替わるようになっているからです。

他が気になるからと言って、別の場所に行ってしまうと、戻ってきたときには既に別の子に変わっていたということもあり得ます。

そういう場合は他の人が利用したと考えるべきです。

タイミングというものがものすごく大事なポイントになります。

これはと思ったのならば、ここでは即行動が基本です。

狙った獲物は確実に逃さないようにしてしとめるのがいいでしょう。

飛田新地はお金はかかる?

御用だ!

この飛田新地の遊郭で遊びたいと思った場合、どのくらいかかるのかは気になるところだと思います。

一般的には利用料金としては20分刻みで発生するところが多いです。

その金額としては、同じ飛田新地の遊郭としても場所に寄ってことなりますが、大体20分1万円から2万円の間と思っておくといいでしょう。

自由恋愛もばっちり出来ますし、料亭としての料理も楽しむことが出来ると考えるのならば、それだけの価値があるのではないでしょうか。

ただ、単純計算で安くとも1時間で6万円はかかってしまいます。

これを安いと取るか高いと取るかは完全に利用者次第だと言えます。

遊郭とは

もともと遊郭というのは、ソープの減点となったものです。

公然とは認められてはいませんが、双方自由恋愛と言う形で本番が出来ると言う点においては異なるところはありません。

現在、遊郭のあった地域がソープランドのメッカとして知られているというケースが多いです。

このソープランドの原点である遊郭、そして遊女とはどのようなものかについて紹介していきます。

遊郭の歴史

そもそもの遊郭の始まりは、時の将軍豊臣秀吉により、大阪の道頓堀北岸に遊女が集められたことです。

ここに最初に遊郭が誕生し、以降1589年より京都、1600年以降は徳川幕府によって吉原、日本橋などにも遊郭が誕生します。

それから後も、大阪の新町遊郭や松島遊郭、京都の島原遊郭、札幌のすすきの遊郭などが誕生します。

遊郭は数を増やしていき、ある種の繁栄という言葉に相応しい発展を遂げてきましたが、1872年には明治政府により芸娼妓解放令が発令され、後の1946年にはGHQによって遊郭は廃止されることになります。

後に赤線と名前を変えることになるのです。

1956年には売春防止法が成立し、後1958年より施行されています。

これによって遊郭は消滅し、トルコ風呂と名前を変えることになります。

更にそこからトルコ大使館から抗議を受けたことにより、トルコ風呂はソープランドと名前を変えて今も存在し続けているのです。

今も生き続けている

結局のところ、建物という意味での遊郭が残っているのは飛田新地ということになりますし、高級な料亭として姿を変えているということですが、本質的には昔と何も変わっていないとも言えます。

それに、現在も多くのお店が存在しているソープランドについても、実際のサービス的な部分としては遊郭のそれとほとんど変わらないと言えるわけです。

現在、遊郭はほとんど死に絶えていると言われていますし、それこそ最後の遊郭と呼ばれているのは飛田新地のみなのですが、それは今はソープランドというように名前を変えて生きているというわけです。

遊女とは

遊女というのは、そもそも位の高い身分である神に仕える巫女、あるいは高貴な身分の人の周りに居る踊り子、歌い手などのことを言います。

彼女たちは、特殊技能としての性技があったとされており、単に生殖のためだけのものではなかったという考え方があるのです。

遊女たちは、日本を行脚しながら、自らが持っている性の技術を売るという芸事を行うようになったのです。

これが売春婦の起源とも言われているのです。

この遊女は、日本全国にいると言う状況が長らく続いたのですが、豊臣秀吉がこうした遊女を一箇所に集めたことによって生まれたのが遊郭なのです。

遊女になっていたのは?

飛田新地で今も見られると去れる遊女ですが、当時はどんな人が遊女になっていたのでしょう。

例えば、農家の口減らしを目的として遊郭に売られてしまった女性や、貧しい武家がお金欲しさに売った家族、遊郭で生まれ育った女性などが遊女になっていたと言うことです。

東北の方では、特に食糧問題が大きかったこともあり、遊女となった女性が多かったとも言われています。

遊郭ではお客を取れるようになってから10年は仕事をしなければならなかったようですが、現実的にそこまで働ける女性はほとんどいなかったとも言われています。

10年間働いても借金の返済が終わらなかった場合には、そのまま裏方の仕事に就くというケースもあったようです。

ちなみに、この遊女になった場合は遊郭の中だけでしか生活が認められず、外に出られるのは遊女を辞めたときだけだったのです。

遊女のランクについて

遊女にはランクがつけられていました。

ランクというのはいつの時代もあるものだと思わされるのですが、最高ランクから、太夫・花魁、格子女郎、局、端女郎、切見世女郎といったようにランク分けがされていきます。

遊女と言ったら、貧しい地域から売られてきた女性というイメージがあると思いますが、花魁ともなると遊ぶためには莫大なお金が必要であったと言われているのです。

それこそ、現在のお金の価値にしてみると、数百万円から1千万円はくだらないものだったとも言われています。

遊女に関しては、男性は一人と遊んだら他の遊女と遊ぶのは禁止されていたようです。

今の風俗で言うところの永久指名制ですね。

これは、他の遊女と遊ぶことによって、喧嘩や揉め事が起こるのを防ぐための策だったとも言われているのです。

花魁と大夫について

この2つの呼び名は、遊郭の中でも最高ランクの遊女として知られるものです。

呼び名が異なるだけでどちらも同じです。

キセル

花魁には、身の回りの世話をする人がつきましたし、豪華な服を着ることが出来るということで、男性のみならず女性からも憧れられていたと言うことです。

花魁はその名を襲名されていましたし、吉原の高尾大夫などは今だに知名度も高いことで知られています。

花魁になる女性は、幼い頃から芸事を仕込まれており、教養や外見にしても他の女性とはまるで別の存在だったと言われています。

では、花魁はお金があったのかといいますと、実際にはそうでもなかったと言われています。

結局衣装や化粧代、お店に払うお金など、身の回りの支出が大きかったことから、それほどお金には余裕が無かったようです。

遊女を辞めるには

華やかな立場にいることもある遊女ですが、辞めたいと思ったときには借金の返済が必要となります。

この借金を払って、身元を引き受けてくれる人が現れるのを待つ、もしくは自力で借金を返済するしかありません。

そもそも遊女は遊郭に買われているため、借金があるのです。

その借金を新たに肩代わりしてくれる人が見つからなければならないわけです。

ちなみに、花魁の身請けの場合は現在のお金にして1億もの支払いをした男性がいたとも言われています。

ただし、このような形で身請けをされたとしても、実際に幸せになれたかというとそうでもないことが多かったようです。

結局、遊郭の女性は遊郭でしか生きるすべを知らないことがその理由として考えられます。

また、連れ出してくれた男性と結婚できるというわけでもなかったようです。

まとめ

今も残る最後の遊郭として知られる飛田新地ですが、こういった歴史があったわけです。

もしも飛田新地に遊びに行ったときは、建物を見ながら歴史を感じながら女の子との自由恋愛をたっぷりと楽しんでみて欲しいものです。

元々は高級な場所だったと思ってみると、料金についてもそうは気にならないかもしれません。

旅で立ち寄ったとしたら、ちょっとした思い出に利用してみるというのも決して悪い話ではないでしょう。

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